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愛知県常滑市議会議員「井上きょう子」の活動日記
平成22年度第1回定例会
 3月18日「議員定数削減する請願」について賛成討論の全文を掲載しました。
 これに対して、3件の反対討論がありました。

3番新風クラブ 井上恭子
請願第3号、市議会議員の定数を削減する請願について、賛成討論をいたします。                      

議員定数の考え方には大きくは2つあり、一つは、議会は多様な意見を出し合いさまざまな視点から議論する場であるがゆえに、「相当」な人数が必要であるとする考え方。もう一方では、定数削減することが執行機関に対峙できるもう一つの少数精鋭の頭脳集団として存在するとの考え方があります。
また、市民目線で見た議員のニーズ(必要性)についても、昔は今もありますが、部落意識や地区意識が強く、「地元のためには地元出身議員が必要」との考え方が根強く残っていました。しかし区長設置規則に基づく地区連絡機能の発揮により区ごとの問題解決は区長に託され、現在では常滑市全体を展望するいわゆるグローバルな視野を持った本物の議員のニーズが高まっています。そして、多くの有権者は、議員同士が切磋琢磨し議員の資質が向上していくことを求めています。今なお低迷する我が国経済情勢のなか、とりわけ行財政改革が急務必須の常滑市にあっては、議会もその一端を負うべきこととして議員定数削減を率先して議論すべきところ、先の陳情に加え本件を請願する事態にまでなった先進性の無さを議会の一員として誠に残念に思います。
つぎに定数そのものの根拠についてであります。知多地域の他市との比較は必ずしも根拠にはなりませんが、これらを参考にしなければ常滑市民の理解を得られないのも事実であり、こうした実情を常滑市に当てはめると12~15人の定数が類すいされます。また、現在の常滑市の議会の現状をお話しさせていただくと、1、党派を超えた自由闊達な議論の場がありません。2、議会総体として市民に対する議会報告もしておりません。3、議長及び副議長,正副委員長にしても密室での会派間調整で最大会派だけでポストを順送りしています。民主主義とは、議論をし賛成多数で決定をするということですが、その議論もなく、議員21人の三分の二が最大会派であるため、全てが14人で決定されているといっても過言ではない状況です。故に議員定数は14人で運営されるということが立証がされております。
また、現在3つの委員会がありますが、採決にあたり委員数が奇数であったほうが円滑に進行できると考えられ、3つの委員会を同数にするという意味でも15人の議員定数が妥当と考えます。

今回「常滑市議会を考える会」が請願という行動を起こしたのは、昨年9月の区長会で議員定数削減に関して議長に依頼、その後陳情したにもかかわらず、何の動きを見せない議員の資質を問うたものです。議員定数を問題にしているのではなく、一部の利害関係で動き、議員本来の仕事をしてない議員に対する市民からの警鐘です。すでに議員定数削減検討委員会を設置することを決めて、議員だけで討論をしようとしていますが、議会内部だけで議論し決定することには大きな問題がありませんか。全ての議員は直接の利害関係者に該当するわけですから、市民の中には、議会委員会条例・第17条いわゆる「お手盛り禁止条項」に該当するのではと言っています。議員定数削減については数年前に議会で充分話し合いをされたと思います。議員年金廃止のときと同様、自分のことを自分で決められず、皆さんと話し合って決めるとか、そんな情けない反対討論ではなく、15という数字がなぜだめなのかの根拠を示したうえで、何人が適当かを示していただきたいです。ちなみに町議会議員は少数でも成り立っています。
今回の請願者は「氷山の一角」で、その背景には行動こそ起こさないが多くの同感者や賛同者がいることを認識しなければなりません。今日もこの採決を見守るために多くの市民が傍聴にきております。今回、常滑市の区長さんすべてのところをお尋ねしました。お会いできた方のほとんどはこの案に賛成でした。こうした事態を真摯に受け止めて議員定数削減として15名とする本請願をぜひとも採択して頂きますようお願いします。
賢明なる皆様の良識ある判断を党議拘束ではなく、一人ひとりのお考えで、決断くださるようお願い申し上げます。
                                 以上      

議員定数削減に対して、反対討論の中に「政策提案・監視機能を十分に果たすためには、相応の議員定数が不可欠であり」とか「議員定数を削減することは、市民と議会とのパイプを確実に細くし、行政全般に対して必要な市民のニーズを的確に反映できないうえ、もう一方の市民代表でもある行政の長である、首長に対するチェック能力の低下を招く結果となってしまいます。」などがありますが、では21人で本当に首長に対してチェックしたり、予算に関してチェックしたりしてきたのでしょうか?今まで、どの議案に対してもすべて可決あり、常滑ニュータウン然り、常滑駅前事業然り、貯金をほとんどしてこなかったり、退職金、下水道基金を流用、職員数、職員給与など、他市では考えられないほどのことが見過ごされてきた現状です。今の人数では、地区代表議員はなくなりません。議員は資質が問題です、地域推薦でなく全国区で、どの場においても議論でき、自分で物事を判断できる議員を選出するには15人が最適と考えます。
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コメント
この記事へのコメント
議員定数削減に関する賛成討論お疲れ様でした。
当日は、多くの傍聴の方がお越しになったそうで、さぞ心強かったことでしょう。
ところで井上議員の討論の文面に「少数精鋭の頭脳集団」とありますが、何をもってそのようなことをおっしゃっているのでしょうか?まるで今の議会は議会として成立していないようですし、今の議員は不必要とも感じられる文面です。その通りでしたら、その議員を選んだ有権者にも責任があるかと存じます。
「地元のためには地元出身議員が必要」という考えの市民も確かにいます。そのようなことをおっしゃるのであれば、市民自身の意識も変わらないといけないのではないでしょうか?

最後の文面に「どの議案に対してもすべて可決あり」とありますが、それは井上議員の求めている通りの議員定数になったとしても同じことだと思います。なぜなら、15人中8人が最大会派になれば同じことだからです。全ての議員を無会派にしなければ同じことの繰り返しです。
そのようなことは、何も常滑だけではない話しだと思います。
2010/03/24(水) 14:26 | URL | TOKO #-[ 編集]
Re: Re: 議会改革が急務
TOKOさま
北海道の栗山町では議会改革をし、会派を作らず活動をしています。議員全員で、市民に議会報告をしたり、市民の声を聞く会を設けたり、市民に対して、議会へ興味を持ってもらえるよういろいろな手段を持って活動をしています。現在議会改革を試みているところは125市町村くらいあり、議会条例を作っています。議会全体で議員同士が話し合いマニフェストを作り、市長に提案したり、行政との話し合いも設けています。それでこそ市民の代表だと思います。自分の後援者だけと話をするのではなく、全体の市民の意見を聞くことが大事ではないでしょうか。
>
> 3月議会は予算審議があり、分厚い一般会計、特別会計の予算書を10日間で見なくてはいけません。一般質問、議案質疑、反対討論、請願書発言、予算に関する質問など、本来の議員の仕事はとても忙しいものです。しかし、地元中心と考えている議員でしたら、本会議ではそれらの質問はほとんどしません。それは市長与党と思っているので、質問をしてはいけないと思っているようです。
>
> 本来の議員の仕事をするには市長与党ではなく、全てが野党として、行政のチェック機能を果たさなくてはなりません。それは国会とは違って2院代表制だからです。しかし、今までは、選挙のために地方議員があったと言っても過言ではない行動が最大会派にはあったのではと思います。
>
> 常滑市は議員の勉強会はただの1度もありません。今世界が、日本がどういう状況かを見て、活動のできる議員が必要です。リーマンショックがいい例です。いっぺんには変わらないかもしれませんが、市民の皆様の議員に対する意識が変わることにより、議会が変わると思います。私はそんな時代が来ると信じ努力していきたいと考えています。

まだまだ、お話したいことがいっぱいありますが、本日はとりあえずここまでとします。3月中に「きょう子通信」の原稿書きをしなくては。また連絡お願いします。
2010/03/24(水) 18:21 | URL | 井上恭子 #-[ 編集]
急いては事を仕損じる!今一度足元を見ましょう。
早速のご返信ありがとうございます。貴方が新参事に期待する気持ちはよく理解できます。今の議会の構造的な問題点に対して孤軍奮闘している姿も容易に想像できます。しかし、何事も焦って行動を起してはいけません。またその解決の一切を新参事に任せる如きの発想はどうかお止め下さい。市民を巻き込んだ議論はまだまだこれからではないですか!議員定数の問題を皮切りに、議会改革や行政改革の議論は始まったばかりではないですか?
望んで成った議員として忙しい毎日は当然のことでしょう。特に貴方のようなタイプの議員にはやることばかりだと思いますが、私(私達)市民も納税を始め毎日の生活を維持していくのに結構忙しいんですよ!議員がその職務に於いて泣き言を言ってはいけません!また、他の会派・議員の批判ももうこれ位にしておきませんか?過半数を擁する〇〇会が駄目な原因である事はもう充分解かっていますから。
常滑庶民さんもご指摘のように今は、広く市民に知らせることが議員一年生の貴方の第一の重要な役目ではないでしょうか?
まあ何事も焦らずに今夜はこれ位にしてまた、明日からじっくりと皆さんを巻き込んで議論いたしましょう。
2010/03/24(水) 23:02 | URL | 東風 #vIXFS59k[ 編集]
東風さま
助言ありがとうございます。しかし、私は泣き言を言っているのではなく、今の職務に対してやりがいを感じています。困難であればあるほどやりがいを感じるのが私の性格です。また、急いでいるのではなく、議員とはこうあるべきという目標に向かって前進しているだけです。今常滑市は本当に財政困難な状況で、今すぐにでも取りかからなければ大変な状況になるでしょう。世界同時不況は瞬く間にやってきました。そのつけをじっくりと考えていたのでは遅すぎます。成功している人の決断は数分といいます。しかし、私の能力にも限界がありますので、失敗もあるでしょうが、常滑市民の中には成熟した人もいっぱいいます。その方たちの力を結集すれば成せばなる何事もだと思っています。
しかし残念ながら、常滑市の細部の情報をまだまだ知らない状況ですので、今後、情報収集をしなければと思っています。今後ともよろしくお願いします。
2010/03/24(水) 23:59 | URL | 井上恭子 #-[ 編集]
私の質問に対するお答えをしていないような気がしますが。

井上議員の忙しいのは十分にわかりますが、地元選出の他の議員が質問をしないとかは、その議員の資質によるものであって、そういう議員がいるから定数削減というお考えなのでしょうか?
そのような議員を批判するヒマがあれば他にやることはたくさんあるのではないですか?

「本来の議員の仕事をするには市長与党ではなく、全てが野党として、行政のチェック機能を果たさなくてはなりません。それは国会とは違って2院代表制だからです。」
というくだりですが、全てが野党ではなく「是々非々」の表現の方が正しい気がします。
意味は「善いことは善いとして賛成し、悪いことは悪いとして反対すること。」です。全て野党という表現はどこから出てくるのでしょうか?
「2院代表制」という文言もいったいどこから出てくるのか頭に「?」マークがたくさん浮かんでしまいました。日本国は「両院制」であり、「1つの議会」が、独立した2つの議院によって構成されています。それに対して「二院制」は、完全に独立した2つの議会が存在しているものであり、例えばドイツ、フランスなど。
地方議会は「2院代表制」ではなくそれを使いたいのであれば「二元代表制」だと思います。
2010/03/26(金) 17:59 | URL | TOKO #-[ 編集]
一人の力より皆の力を合わせるには相互理解がまず必要。
TOKOさんの仰る>私の質問に対するお答えをしていないような気がしますが。 について実は、私もそのように感じています。以前は問いかけに対してそれなりのお答えが返ってきましたが、最近は何か変ですね・・・何か焦っているような、落ち着きがないような、以前の貴方とは明らかに違う印象を受けています。はっきり申し上げて少し心配です。(但しブログの文章からだけですので悪しからず)
皆さんのコメントをよくお読みいただいているのでしょうか?私の「市民参加の究極は議員になることです!!2010/03/19(金)」に対するお答えはいまだないように感じます。なにも難しいことを申し上げるつもりもありません、議論というよりも会話程度にお考え下さい。単なるまちづくりの議論であり会話です。ある意味そのためにはまちを愛していなければなければなりません。この際、嫌な人や認めたくない人も住んでいるでしょうが、そのような他人のことは関心の外にしましょう。
貴方自身も自覚しているように>私の能力にも限界があります・・・常滑市民の中には成熟した人もいっぱいいます。その方たちの力を結集すれば成せばなる何事も・・・常滑市の細部の情報をまだまだ知らない状況ですので、今後、情報収集を・・・ とありますが、それで良いではないですか!少し安心いたしました。「議会改革=市民改革」共に頑張りましょう。
2010/03/26(金) 22:16 | URL | 東風 #vIXFS59k[ 編集]
現状の把握は必要不可欠では?

> ところで井上議員の討論の文面に「少数精鋭の頭脳集団」とありますが、何をもってそのようなことをおっしゃっているのでしょうか?
現在、地域代表として選出された方などは(全てではありませんが)、地域のことだけをしていればいいという議員。現在の常滑市の財政のことも考えず、普段ほとんど意見を言わない方が、総論反対各論賛成の意見を個人で発言する人。また、条例や規則でもない単なる申し合わせ事項などが横行し、議員の発言を阻止する場面がある(議員が行政にコントロールされている)。公金を使って派遣された議員や、役職のある議員からの出席した会の報告は一度もない。議会内での勉強会は一度もない。議員同士で議案に対して議論をする場もない議会に対して、それを改革し、市民のための議会とはどうあるべきか、議員の本当の役割を議論できる集団を頭脳集団と考えています。それも市民に開かれた議会であることは必須条件ではないでしょうか。
>まるで今の議会は議会として成立していないようですし、今の議員は不必要とも感じられる文面です。その通りでしたら、その議員を選んだ有権者にも責任があるかと存じます。
全ての議員とまでは言いませんが、多数派14人(近隣では常滑市だけ)という組織が成り立っている間は、少し極端かもしれませんが、常滑の正常な議会はなかなか進まないのではないでしょうか。
> 「地元のためには地元出身議員が必要」という考えの市民も確かにいます。そのようなことをおっしゃるのであれば、市民自身の意識も変わらないといけないのではないでしょうか?
その通りです。そのために今回の「議員定数削減」の請願書が提出されたのです。市民の中にも意識の高い方がたくさん見え、現在の議員では任せられないと立ち上がったのです。この行動ははじめの一歩です。これから、情報の少ない市民の方に地域代表ではなく、常滑市全体のことを考える議員はどのような人か、お互いに考える情報を提供しなくてはいけません。
> 最後の文面に「どの議案に対してもすべて可決あり」とありますが、それは井上議員の求めている通りの議員定数になったとしても同じことだと思います。なぜなら、15人中8人が最大会派になれば同じことだからです。全ての議員を無会派にしなければ同じことの繰り返しです。
そのようなことにならないように、議会改革を進めるつもりです。
昨年11月30日の中日新聞に「議会VS市長」という記事の連載がありました。「議員賛否隠す党議拘束」という見出しで、現在の最大会派は、事前に内部で議論し賛否を決め、議場では同一歩調をとる。これが党議拘束です。決定に従わないと注意や除名もあります。彼らは「会派内で十分議論した」と言っていますが、市民の耳に届いてないのも事実です。「会派は便利。公約を守れない言い訳にできてしまう。有権者は議員に1票を投じたのであり、会派に入れたわけでないのに」。ボス的支配的な構図が、議員個人の政策能力を低下をもたらしたと嘆く声もある。などの記事が書かれていました。このことを市民にもっと今の現状を伝える努力をしようではありませんか。
> そのようなことは、何も常滑だけではない話しだと思います。
2000年の地域分権一活法の施行により、地方のことは地方でという波が押し寄せてきており、自治体や議会の責務は大幅に増してきます。地域のことだけをやっている議員では常滑市が破たんする可能性も出てきます。それと、このような経済状況なので、今までのように議員が地域にお金ももってくることは到底出来なくなるでしょう。
TOKOさんはとても意識の高い方とお見受けします。ぜひ、このような議会の現状を理解していただいたうえで、市民活動をしてもらえませんでしょうか。人の批判はだれでもできます。今この現状をどうしたいのか、議論をし変えていきませんか。
ブログだけでは(私のつたない文章)、誤解を生じたりします。顔と顔をつき合わせた議論をしたいと思います。よろしくお願いします。
2010/03/27(土) 13:29 | URL | 井上恭子 #-[ 編集]
Re: タイトルなし
> 井上議員の忙しいのは十分にわかりますが、地元選出の他の議員が質問をしないとかは、その議員の資質によるものであって、そういう議員がいるから定数削減というお考えなのでしょうか?
常滑市の今の現状、そしてどうしたらよいのかを、党派を超えて議論できる議員が必要です。
> そのような議員を批判するヒマがあれば他にやることはたくさんあるのではないですか?
これらのことは批判でしょうか?常滑市議会の現状をブログに掲載しているだけだと思いますが、これらのことが批判というなら、どなたから今の議会内の現状を知ることができるのでしょうか。市民の中にはぜひ知らせてほしいという方も見えます。
> 「本来の議員の仕事をするには市長与党ではなく、全てが野党として、行政のチェック機能を果たさなくてはなりません。それは国会とは違って2院代表制だからです。」
というくだりですが、全てが野党ではなく「是々非々」の表現の方が正しい気がします。
もちろんそうです。
> 意味は「善いことは善いとして賛成し、悪いことは悪いとして反対すること。」です。全て野党という表現はどこから出てくるのでしょうか?
自民党政権の時でも野党といえどもすべてに反対するわけではなく、「是々非々」でやってきたのであって、全議員が議会のチャック機能を果たさなくてはいけないという意味です。
> 「2院代表制」という文言もいったいどこから出てくるのか頭に「?」マークがたくさん浮かんでしまいました。日本国は「両院制」であり、「1つの議会」が、独立した2つの議院によって構成されています。それに対して「二院制」は、完全に独立した2つの議会が存在しているものであり、例えばドイツ、フランスなど。
> 地方議会は「2院代表制」ではなくそれを使いたいのであれば「二元代表制」だと思います。
TOKOさんはよく勉強されてますね、私はこの言葉を知ったのは議員になってからです。仰せの通り、「二元代表制」です。間違えました。まだまだ勉強不足の私ですので、どうか協力者になって、文章の校正をお願いしたいところです。素直に書けば批判ととられ、返事がないとおかしいのではととられるので、「きょう子通信」の原稿書きがなかなかできません。というのはいいわけで、文章を書くのの難しさを痛感している今日この頃です。
2010/03/27(土) 13:54 | URL | 井上恭子 #-[ 編集]
議員は多様な人間集団では?
まず一つ、議員の大前提としてどうしても気になりましたので途中ですがコメントします。>定数削減することが執行機関に対峙できるもう一つの少数精鋭の頭脳集団として存在する・・・>議員の本当の役割を議論できる集団を頭脳集団と考えています。 とありますが、そもそも議会は多様な立場の人間集団ではないでしょうか?少数精鋭の頭脳集団という言葉は従来、行政・官僚側に対して使われる言葉です。
どこかのシンクタンクや官僚にはそのような専門性が必要となりますが、地方議会の議員に必要且つまた可能なのか?しかも定数削減することで本当に実現するだろうか?続いて、議員のあり方を求めるものが頭脳集団だろうか?強いて言えば政策立案集団の意味ではないだろうか?
一旦採用されれば余程の事件を起さない限り長期に渡り採用される職員・官僚と違い、議員は4年毎に選挙という試験に合格しなければなりません。定数を削減すればするほど当選は困難になります。頭脳集団とは専門家集団だとすれば何の専門性が必要なのでしょうか?
極普通の生活者の集まりではいけないのか?今、むしろ定数削減ではなく議員の定年制や多選批判・任期の制限が必要との議論が的を得ているのではないでしょうか?
少なくとも私には「少数精鋭の頭脳集団」とする議会を想像することが出来ません。普通の常識と正義感・勇気くらいがあれば誰でも議員は交代で経験できるようなものだと思っています。
2010/03/27(土) 16:15 | URL | 東風 #vIXFS59k[ 編集]
議員は多様な人間集団では
> 少なくとも私には「少数精鋭の頭脳集団」とする議会を想像することが出来ません。普通の常識と正義感・勇気くらいがあれば誰でも議員は交代で経験できるようなものだと思っています。
文章というものはあいまいなもので、東風さんの言うこともわかりますが、普通の常識と正義感・勇気とは人によってとらえ方が違うのではありませんか。人数が多ければそれが活かされるのでしょうか?今まで28人の議員がいた時代は、議会は活発に動いて、常滑は活性化されていたのでしょうか?もし活性化されていたというなら、それは議会のおかげなのでしょうか?

ただ、今までのように財源が安定しているときには、市民の声を代弁していればいいかもしれませんが、このような財源状況になった時、議会も一丸となってこの窮地をどうやって切り抜けるかを考えなくてはなりません。議会もマニフェストを作り、行政とともに考える必要があるのでは。議員の政策能力が必要になってきます。私は議員になって思ったことは、真剣に議会の仕事をしようとしたとき、かなりの専門性を要するということです。ゆえに頭脳集団という言葉を使いました。
定数については賛否両論ありますので、必ずしもどちらが正しいと言いきれるものではないと思います。
2010/03/27(土) 22:54 | URL | 井上恭子 #-[ 編集]
文章=言葉は決して曖昧なものではありません!
>文章というものはあいまいなもので・・・ この表現は頂けませんね。書き手の意を殺ぐ言葉ですね。文章=言葉というものは本来、曖昧なものであってはなりません。全ての学問やコミュニーケーションの基礎であり中心となっているのが国語力というものでその本質は読解力です。
それを言うならばせめてそれぞれの読解力の違いによる解釈の相違があるということです。
また、読解力の相違による文章解釈の違いの意味と>普通の常識と正義感・勇気とは人によってとらえ方が違うのではありませんか。 は別個の問題ですが、正に常識にも世間常識にも多様性があるのがこれまた常識です。ですから、民主主義の原点から考え議員定数も多いほうがよいのです。また、議会総体ののマニュフェストなど出来ようはずもありませんが、選挙後にしか出来るはずもないそれをやったら有権者への完全な裏切りになります・・・
以下、貴殿の文章はよく理解できますが、それはいつの時代にあっても議員という単なる住民代表者に求められるべき条件・能力・資質であり、いうならば一般論であり一貫性のあるものです。
文章解釈の問題ですが特に議会での議論は法律論争ですので、ただの喧嘩と違い声の大きい御仁が勝つ訳ではありません。従がって、法律や条例・規則の解釈は重要です。論理解釈・文理解釈共に、まだまだこれから急がずゆっくりと皆でやろうではありませんか?>このような財源状況になった時、議会も一丸となってこの窮地をどうやって切り抜けるか・・・特効薬が総務省から厚遇でお迎えする参事さんではこれまた頂けませんな
・・・
2010/03/28(日) 12:15 | URL | 東風 #vIXFS59k[ 編集]
Re: 文章=言葉は時には曖昧なもの!
> >文章というものはあいまいなもので・・・ この表現は頂けませんね。書き手の意を殺ぐ言葉ですね。文章=言葉というものは本来、曖昧なものであってはなりません。全ての学問やコミュニーケーションの基礎であり中心となっているのが国語力というものでその本質は読解力です。
文章という言葉だけで議論すれば、東風さんの言われるのはもっともですが、このようなブログで数回だけやりとりする文章においては、曖昧となる可能性はあります。やはり、このような問題に関しては、お互い顔と顔をつき合わせてじっくり話し合うことが大切でしょうね。

>民主主義の原点から考え議員定数も多いほうがよいのです。
このことだけとらえれば、もっともですが、今の選挙制度、地域代表だったり、その地域の有力者だったりが出てくる可能性があり、多くても同じことだと思います。名古屋市は78人もいるのに、とても民主主義を貫いてるとは思えません。今後、有権者にどんな議員が必要かを伝える努力をすべきでしょう。

>また、議会総体ののマニュフェストなど出来ようはずもありませんが、選挙後にしか出来るはずもないそれをやったら有権者への完全な裏切りになります・・・
議会改革で有名な栗山町や、三重県議会が作っています。議会総体として、市民に議会報告や公聴会をし、マニフェストを作り行政に提案するのです。決して議会が遂行することはできませんが、議員の意識向上にもつながることだはないでしょうか。


>文章解釈の問題ですが特に議会での議論は法律論争ですので、ただの喧嘩と違い声の大きい御仁が勝つ訳ではありません。従がって、法律や条例・規則の解釈は重要です。論理解釈・文理解釈共に、まだまだこれから急がずゆっくりと皆でやろうではありませんか?
東風さんの言っていることは、もっともだと思います。しかし、現在の議会では議論がない、法律や条例・規則を踏まえた論争なし、勉強もしない、そんな議会内でどうやって論じていけばいいのでしょうか。やはり議員の質の向上しかありえません。それは市民が決めることなのです。

>このような財源状況になった時、議会も一丸となってこの窮地をどうやって切り抜けるか・・・特効薬が総務省から厚遇でお迎えする参事さんではこれまた頂けませんな
では今の状況かの中、どんな方法をとったらいいとお考えですか。昔からまちづくりには、「よそ者、若者、バカ者」と言って、よそ者を大いに利用すべき時もあると考えます。
今から出かけますので、とりあえず
2010/03/29(月) 09:49 | URL | 井上恭子 #-[ 編集]
少し議論をしましょうか。
ご多忙の中、早速のご返信ありがとうございます。
さて、文章だけの議論が曖昧となる原因は回数だけの問題だと思います。ことば=文章です、何故なら喋った言葉を書き表せば文章となるからです。違うものにはならず、しかも文章(文書)の方が一過性の言葉と違い記録・保存できますから何度でも確認・理解可能です。
次に、選挙制度がどうあろうと、選ぶ側の意識が変わらない限り、地域代表や地域の有力者等誰でも立候補可能な限り、定数が多くても同じこと=少なくても同じことではないでしょうか?政令指定都市の名古屋市と人口5万人の常滑市の議員定数はそれぞれ法律や条例で定められていますが、この論での比較対象にはならないと思いますが?何故引き合いに出されたのでしょうか?
>有権者にどんな議員が必要かを伝える努力をすべき・・・には賛成ですが、これとて定数とは係わりはないものと考えます。
栗山町や、三重県議会他が制定しているのは「議会基本条例」であって「マニュフェスト」ではありませんよ。強いて言えば会派毎のマニュフェストは可能ですが所詮、執行権がないことからあまり意味はないものと考えます。
議員同士の議論がないことについては現行制度上やむおえないものですが、各常任委員会での討論や委員長報告に対する質疑など可能な限り活用して下さい。因みに、委員長報告に対する質疑は過去一度でも試みましたか?
これ以上の議員同士の議論は「会議規則」を変更しなければ出来ません。非公式ですが休憩中や視察時、普段の付き合いの中での議論や意見交換・会話等も全くないということでしょうか?また>議員の質の向上しかありえません。それは市民が決めること・・・とありますが、質がよいか悪いかは判断材料がないと決められません。強いて言えば、4年間在職の結果論として、質問や発言回数・内容で判断できます。
しかし、ここで言いたかったのは議会の制度上、議員対執行部の議論であって、その為には議員それぞれが合議体の一員として法律を根拠とする勉強を進めて欲しいのです。勉強をしない議論が出来ない議員は、市民が決めるまでもなく自然消滅するしかないのです・・・
参事の件ですが、どれくらい優秀な人物か知りませんが、一人の人間に1,000万円以上も支払う位なら、市内で公募して月額10万円もあれば10人の非常勤参事が任命できます。また、このような事柄を何故、事前に市民に問いかけないのですか?正に市長独断です。>常滑市民の中には成熟した人もいっぱいいます。その方たちの力を結集すれば・・・その通り!これは貴方の言葉です。
また、まちづくりに必要な多いに利用すべき「よそ者」とは厚遇の高級官僚のことなどでは無く無給のボランティアのことを指して言う言葉ではないでしょうか?
2010/03/30(火) 17:13 | URL | 東風 #vIXFS59k[ 編集]
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